黙秘権という言葉をご存じでしょうか。
黙秘権とは,憲法上保障された権利であり,刑事事件の捜査で行なわれる取調べや公判(刑事裁判)の際,自己の意に反して供述を強要されない(=終始沈黙し,供述を拒むことができる)という権利です。
もちろん,全ての質問に対して供述を拒むことができますし,部分的に答えたくないところだけ答えない,ということもできます。
この権利と関連して,警察や検察の取調べにおいて,供述調書に署名するかどうかも自由です。
刑事訴訟法198条5項但書が,署名押印の「拒絶」を認めています。
なお,一旦,調書に署名をしてしまうと,後日の裁判で「証拠」となってしまいますので,特に逮捕直後は要注意です。ただ,署名をしなくても,取調べの際に録音・録画された場合には,話した内容や態度が証拠とされることもありますので,黙秘権を行使するのであれば,何も話さないのが鉄則です。
逮捕直後には,弁護人が選任されていないことがほとんどです。
よくアメリカのドラマで,逮捕された者が「I want my lawyer」などと叫んでいるシーンを目にします。
これは,色々と供述すると後で不利になるかもしれないので,「弁護士が来るまでは何も話さない」という意思が現れているように思いますが,その背後には,黙秘権が存在することを忘れてはなりません。
この章では,刑事手続における被疑者・被告人の黙秘権について見ていきましょう。
黙秘権とは
黙秘権とは,繰り返しますが,自己の意に反して供述を強要されない(=終始沈黙し,供述を拒むことができる)という権利です。
まず,黙秘するということは,「否認する」ということとは区別して考えてください。否認するというのは積極的に罪を認めないことですので,「黙秘する」(自白も否認もしない)とは異なります。
黙秘権は,日本で最上位に位置する憲法38条1項で認められています。
そして,これを受けた刑事訴訟法198条2項は,「取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。」と,黙秘権の告知義務を定めていますし,裁判においても,刑事訴訟法291条は,「終始沈黙し、又は個々の質問に対し陳述を拒むことができる」ことを裁判長が説明しなければならない旨を定めています。
このように,逮捕・勾留・起訴された方には,黙秘権を行使し,沈黙を貫くという選択肢があります。
黙秘権を行使すべき場合とは
では,黙秘権を行使すべき場合はどのような場合なのでしょうか。
実は,弁護士の間でも,この点に関する「答え」は未だに見つかっていないと言っても過言ではありません。
しかし,まず,罪を犯していないのに逮捕された場合には,黙秘権を行使すべきです。
余程,捜査機関においても誤認逮捕であることが明らかではない限り、説明すればすぐに釈放してもらえるというものではありません。逮捕直後の供述が後日不利に働くということは珍しくありません。
また,罪を犯したこと自体は認めていても,少なくとも弁護人が選任されていない段階においては,その時の供述が,後日,勘違いや記憶違い,表現や言回しの違いなどから,誤解を受けるとか,不利にとられてしまう内容になっているリスクは否定できません。
そこで,罪を犯したことを認めるのは自由ですが,その際の動機,犯行態様などについての供述は,弁護人ともよく話し合い,きちんと自分の頭の中で整理されてからの方が良いと思います。
なぜなら,量刑(どのくらいの刑を科すか)を判断する際に,行為態様や動機部分はとても大切になってくるからです。
ただし,黙秘権を行使することのリスクも0ではありません。黙秘をすると,捜査機関が事実を解明するために捜査する時間をかける必要が出てくることも事実ですから,被疑者勾留(最大で20日間)される可能性は,全面的な自白事件と比べると,少し高くなるという印象です。
いずれにしても,逮捕された段階で,すぐに弁護人と面会することが重要です。
そのためには,ご家族を通じて弁護人を選任するか,逮捕される兆候がある段階であらかじめ弁護人と契約をしておくのが良いと思います。
弁護人に連絡して欲しければ,すぐに警察に言えば,弁護人の事務所に連絡をしてくれることがあります。
弁護人と黙秘権を行使することのリスクなどについて十分に話合い,決定して下さい。
なお,そのような弁護人がいなければ,管轄の弁護士会(全都道府県にあります)の当番弁護士要請をしてください。
1回のみ無料でアドバイスを受けることができ,場合によっては弁護人を依頼することもできるかもしれません。
黙秘権の行使方法とは
黙秘権の使い方は,「黙秘権を行使します」とだけ述べ,黙っていればよいだけです。
中には,完全に沈黙する方法(完全黙秘)と,雑談程度の会話には応じながら本題に入った質問のみを黙秘するという方もおられるようです(一部黙秘)。
しかし,捜査機関(警察・検察)は,取調べを多数経験しており,いわば質問の「プロ」ですし,その職務上、被疑者の犯罪を暴こうとしている側ですので,被疑者に有利に取り計らってくれるということはほぼありません。
捜査機関側は,何度も取調べをして,被疑者が根負けすることを狙ったり,証拠の存在や不利になる可能性を暗に示すなどして揺さぶられることがあるでしょう。
従って,黙秘権を使うのであれば,質問には一切応じない(完全黙秘)というのが望ましいと考えます。
また,「弁護士が来るまで話さない」という言い方も考えられます。特に,取調べの経験が乏しい方にとっては,黙秘を貫くことはそれなりの覚悟が必要で,精神的にも疲弊することでしょう。
そこで,「弁護士がくるまで」という限定を付けることで,話さないことの理由付けとなり,気持ちが少し楽になるかもしれません。
最後に
黙秘権を行使したことで、嫌がらせや事実上の不利益を受けた場合にも,弁護人に相談してください。
弁護人としては,捜査機関に注意を促したり,何らかの措置を講ずることもあります。
以上,黙秘権について見てきましたが,黙秘権は行使することが目的なのではありません。
黙秘権は,あなたやご家族にとってできるだけ有利な結果を得るための手段です。
大切なのは,弁護士ときちんと話合い、黙秘権を行使するかどうかについても戦略的に考えることです。
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