残業代を請求するためには、①雇用契約を締結していること、②雇用契約の中に時間外労働に関する合意があるか、ある場合はその内容、③残業代を請求する期間について時間外労働をしたことを、労働者の側から主張・立証しなければなりません。
そこで、残業代請求に先立って、上記①~③に該当する証拠を確保しておくことが大切です。
残業代請求をするための準備について、簡単に見ていきましょう。
残業代請求にはどのような資料が必要になるの?
1 ①、②について
この部分については、雇用契約書、給与明細、就業規則・賃金規程等を確認することで内容を把握することができますので、これらの資料を確保することが大切です。
2 ③について
⑴ まず、大切なのは労働時間を裏付けるための資料です。
そこで、以下のような資料を確保することが大切です。
ⅰ タイムカード
タイムカードは、機械的に印字される客観的な記録です。
近年はタイムカードにより労働時間を管理している会社も増えており、多くの裁判例によれば、タイムカードによって労働時間が管理されている場合には、特段の事情のない限り、タイムカード打刻時間をもって実労働時間と推定することができます(東京地判平成9年3月13日、東京地判平成21年10月21日等)。
ただ、いわゆるサービス残業のように、実際には残業が行われているのにタイムカードの打刻を禁止されていたケースでは、タイムカードには正確な労働時間が印字されておりませんので、その他にも、以下のような資料が必要となる場合があります。
ⅱ 業務日報、運転日報等
タイムカードがない、あるいは印字が不正確な場合には、業務日誌や運転日報がないかご確認下さい。
使用者には、労働時間を適正に把握し、管理する義務があると考えられますので、業務日誌や運転日報に対して有効かつ適切な反論ができなければ、それらの資料によって割増賃金が認められる場合も十分にあります。
例えば、タクシーの運転手さんがお客さんを乗せる度に運転日報を付けているケースなどがありますが、業務上記載を義務付けられている業務日誌や運転日報は、ある程度信用性の高い証拠と考えられます。
余談ですが、完全歩合制のタクシー運転手に残業代が発生するのか争われた事件において時間外及び深夜労働が行われた場合にも給与が増額せず、また歩合給のうちで通常の労働時間に当たる部分と時間外及び深夜労働の割増賃金部分が判別できない場合に、残業代請求ができると判断した最高裁判決があります(最判平成6年6月13日)。
ⅲ タコグラフ
長距離ドライバーさんなどは、トラックに登載される運行記録であるタコグラフなどがないかご確認下さい。
タコグラフはトラックの動静を記録するものであるため、労働時間性についてタイムカード程の客観性はありませんが、トラックの稼働時間から、おおよその労働時間を推定することは可能です。
ⅳ 施設の入退館(入退室)記録、警備会社の事業場の鍵の開閉記録
ケースバイケースですが、施設の入退館(入退室)記録や、ビルの警備会社の事業場の鍵の開閉記録等から、おおよその労働時間を推定できるケースもあります。
入退館の際に、氏名や時間の記録が求められるビルやセキュリティーキーを用いるビルなどで働かれている場合には、そのような記録が入手できる場合もあります。
ⅴ パソコンの履歴(ログデータ)、メールの送受信記録
会社等で使用されるパソコンの履歴、メールの送受信記録から、おおよその労働時間を推定することも考えられます。
全労働日のデータが取れないかもしれませんが、客観的な記録ではありますので、タイムカード等がない場合には、入手しておくのが望ましいといえます。
ⅵ 最寄駅の発行する改札の入退場記録
鉄道会社では一定期間における改札の入退場記録が入手できる場合があります。
会社の入居する施設の入退館記録等よりも幅のある記録ではありますが、客観的な記録ではありますので、タイムカード等がない場合には、入手しておくのが望ましいといえます。
ⅶ メモ、日記類
上記のような客観的記録がない場合であっても、個人的なメモや日記等でも、労働時間を推認できる場合もあり得ます。
具体的には、小まめに労働時間を逐一記録しているメモや日記類があれば、業務日誌等に準じた書面として信用される場合もあるかもしれません。
⑵ 次に、大切なのは賃金単価を算定するための資料です。
そのためには、①、②の資料と重なりますが、給与明細、就業規則、賃金規則が手元にある方が望ましいといえます。
給与明細は、未払金額を算定するための重要な資料ですし、割増の基礎となる賃金を計算する上でも欠かせません。
また、就業規則や賃金規則には、法内残業(注:所定労働時間は超えるが、労働基準法の定める法定労働時間を超えない残業部分)についても割増を支払うかどうかが記載されていたり、各種手当の内容が記載されているなど、重要な参考資料となります。
手元にない資料があるんだけどどうしたらいいの?
以上に述べたような資料がお手元にない場合で、かつご自分で用意することができないときには、会社に対して開示を求めることになります。
例えば、タイムカードについては、法律上、会社には保管義務が定められています。
また、タイムカードの開示について、裁判例は、会社に対し、労働契約の付随義務として、信義則上の開示義務を認めています(大阪地裁平成22年7月5日)。
もし、会社から断られ、ご自身で用意することができない場合には、弁護士にご依頼頂けると、開示してもらえる可能性がより高まります。
なお、就業規則については、法律上、使用者は労働者に対して周知(確認しようと思えば確認できる状態にしておくこと)する義務が課されておりますが、そのような義務を怠っていた場合には、労働基準監督署に対して、会社から提出されている就業規則の開示を受けることも考えられます。国の通達でも、『使用者がこの周知義務を履行せず、問題が生じていると認められる場合には、原則として、就業規則が適用される立場にある者か否かを基準に、労働基準監督署に届け出られている就業規則を開示することとして差し支えない』(平13.4.10基発354「1」(1))としています。
もし会社が資料開示に応じないという場合には、後述のとおり、消滅時効の問題がありますので、できるだけお早目に弁護士にご相談・ご依頼いただくと良いかと思います。