残業代(割増賃金)を請求するための方法としては、大きく分けて、裁判所を使う方法と裁判所を使わない方法を考えることができます。

1 裁判所を使わない方法(裁判外の手続)としては、

① 会社に対して支払交渉をする
② 会社内部に相談機関がある場合、当該機関に相談する
③ 労働組合がある場合、当該組合に相談する
④ 労働基準監督署に相談する
などの方法があります。

また、その他にも、紛争調整委員会のあっせんの制度を利用するなどの方法もあります。なお、紛争調整委員会のあっせんの制度は、主に労働条件等に問題があるような場合などに利用されることが多いようです。

また、②や③は相談機関や労働組合がない場合には利用できないため、実際には、①や④の方法を選択することが多いのではないかと考えられます。

2 裁判所を使う方法としては、

⑤ 労働審判を行う
⑥ 訴訟を行う
⑦ 民事調停を行う
などの方法が考えられます。

なお、⑤の制度は⑦の制度も含んでいますので、⑦を選択する場面は少ないと考えられます。

では、様々存在する方法のうち、どの方法を選択すれば良いでしょうか。

結論としては、請求される際の状況を踏まえ、ご請求者様のご意向を尊重して選択していくということになると思われます。

会社との関係が良好であれば、①のご自身で会社と支払交渉を行うという方法をとってもよいと思われます。

他方、会社がまったく社員の言うことを聞かないとか、すでに会社を辞めてしまってこれ以上の関わりを持ちたくないというような場合であれば、⑤の労働審判や⑥の訴訟を起こすということを考えなければなりません。

また、⑤の労働審判と⑥の訴訟はどちらを選択しても構わないため、いきなり⑥の訴訟を行うということもできます。

⑤の労働審判のメリットは、3回以内の期日で解決が試みられますので、早期の解決が期待できるというところです。

他方、当事者間で合意がまとまらない場合には合意による解決ができず、また、裁判所により審判がなされた後、当事者から異議が述べられた場合には審判が効力を失い、労働審判は自動的に訴訟に移行してしまいますので、最初から訴訟を起こした場合と比較してより多くの時間がかかるというデメリットがあります。

⑥の訴訟を選択した場合、最終的には裁判所の判決により、終局的な解決をすることができます。

しかし、終局的な解決をするまでに多大な時間を要する傾向があること、ご本人で訴訟を遂行することは難しく、代理人を選任することによる経済的な負担がかかるなどのデメリットもあります。

どれがより好ましいかは、事案により異なりますが、⑤の労働審判や⑥の訴訟を選択する場合でも、まずは、①の会社に対して支払交渉をするという方法をとることが多いと思われます。

同様の観点から、例えば、会社を辞めずに話し合いをしたい、会社との関係が悪化している、請求をする金額が少額の場合、弁護士費用を賄うことができるのか不安であるなど、ご事情は様々存在するものと思われますので、どのような方法をとるべきかをお考えの段階においても一度弁護士等に相談をしてみるのがよいかもしれません。

会社と交渉するにはどうしたいいの?

1 まずはそもそも残業代が発生しているかを確認しましょう。

残業代とは、簡単に言いますと、法律で定められている時間(1日8時間、週40時間)を超えて労働をした場合に支払われるべき割増賃金のことを言います。

そのため、会社との間の所定労働時間外であったとしても、法律で定められた時間を超えていなければその部分に割増賃金は発生しません。
 
例えば、会社との間で勤務時間を午前10時から午後5時まで、休憩時間を午後0時から午後1時まで、週5日勤務、具体的には、1日6時間×週5日=週30時間働くという内容の雇用契約を締結したとします。

そして、実際には、午前10時から午後6時まで、休憩時間を午後0時から午後1時まで、週5日勤務、具体的には、1日7時間×週5日=35時間働いたとします。

その場合、毎日雇用契約内容よりも1時間多く働いていることになりますが、週40時間を超えていませんので、1時間多く働いた分について割増賃金の請求をすることはできません(通常賃金は請求することができます)。
 
もっとも、雇用契約などにおいて、法律で定められている時間内の残業であっても割増賃金を支払う旨の定めをしているような場合には、その部分についても割増賃金の支払いを請求することができますので、一度、就業規則などを確認してみるとよいと思われます。

2 残業代が発生していることがわかったら請求する前に正確な残業代を計算してみましょう。

なぜなら、おおまかな計算では、会社側を説得することはできませんし、請求した後に過不足が生じないようにするためです。残業代を正確に計算する場合には証拠資料との突合せを行うことが重要となります。
  
集めておくべき証拠資料として、まずは、残業代の計算の基礎となる賃金を確認するための給与明細書や雇用契約書があげられます。

給与明細等に記載のない残業代に関する定めがある場合がありますので、就業規則・賃金規程も確認しておきましょう。

実際の労働時間を示す資料も重要です。例えば、タイムカード、出退勤ソフトの入力記録、業務日誌、運転日報などがあげられます。

請求の前にこれらの資料を集めて正確な残業代を計算しておいた方がよいと思われます。

3 これらの確認が済めば、残業代請求の根拠付けができたということになりますので、いよいよ会社に対して支払請求を行うことになります。

会社に対して支払請求を行う場合、まずは、会社に対して残業代を請求する旨の意思表示を行います。

残業代請求の意思表示を行う相手方は、基本的に会社及び会社の代表者とした方がよいでしょう。会社の上司等に渡しただけでは、会社に対して請求をしたとは言えないからです。

会社に対して残業代請求の意思表示を行う方法としては、その旨を記載した書面を普通郵便で郵送をするということでも構いません。

もっとも、会社が任意の支払いに応じてくれない場合に会社に対して残業代請求の意思表示をしたことの証拠を残しておきたいと考えるのであれば、内容証明郵便で送付することがよいでしょう。

会社が支払ってくれない場合はどうするの?

残業代の計算を行い、会社に対して残業代請求の意思表示をした。それでも、会社が任意に支払ってくれない。こういう場合にはどうすればよいでしょうか。

会社との支払交渉がうまく進まない、会社が支払交渉に応じてくれない、というような場合には、裁判所の手続を使って解決をしていくことをお勧めします。

裁判所を使う手続としては、主として、
① 労働審判
② 訴訟(通常の民事裁判)
が考えられます。

それでは、①の労働審判というのはどのようなものでしょうか。

労働審判は、裁判官1名と労働関係の専門的な知識経験を有する労働審判員2名(労働者側・使用者側)が、労働審判委員会という合議体を構成して、紛争処理を行う手続です。

会社に対して労働審判を起こす場合、労働者が、管轄の地方裁判所に対して労働審判手続申立書を提出しなければなりません。

会社の本店所在地、現に働いている事業所の所在地、退職後であれば最後に働いていた事業所の所在地を管轄する地方裁判所が提出先になります。会社と紛争になった場合の管轄について合意がある場合には当該裁判所が提出先になります。

労働審判は、迅速で集中的な解決を図る必要があるため、原則3回の期日で審理を終結させることとなっています。

そのため、申立書には、申立の趣旨、理由のみならず、予想される争点や、争点に関する重要な事実、予想される争点ごとの証拠、当事者間で行われた交渉の経緯などを具体的に記載する必要があります。

費用については、印紙代と郵便切手代がかかりますが、印紙代は、訴訟よりも若干安く設定されています。さらに、労働審判手続は原則として非公開となっているので、裁判所で行われますが、公開の法廷で行われるわけではありません。

また、和解をすることが迅速な解決に資するという考えから、労働審判は当事者の合意による解決が目指されます。もっとも、当事者の合意に至らない場合には、審判という形で労働審判委員会が判断を下します。

労働審判委員会が下した判断に不服がある場合には、当事者は異議を出すことができ、異議が出された場合には、自動的に訴訟に移行することになります。

このように労働審判は3回の期日という短いスパンで紛争を解決しようとする手続となっています。

他方、②の訴訟を起こす場合はどうすればよいでしょうか。

通常の民事訴訟と同じように、管轄の裁判所(原則として会社の本店所在地を管轄する裁判所になると考えられます)に訴えを提起(訴状を提出)することになります。

費用については、労働審判と同じように印紙代と郵便切手代がかかります。訴訟の場合は、労働審判よりも印紙代が若干高くなります。

また、訴訟には3回の期日で終了させるという決まりはなく、また、公開の手続になるため、傍聴人がいる前で口頭弁論を開き、必要であれば証人尋問等も行うということになります。

訴訟を起こした場合には、最終的には判決が出ますので、別の手続に移行したりすることなく終局的な解決を目指すことができます。

労働審判や訴訟ってどれくらいの時間がかかるの?

労働審判や訴訟を起こすとして、それぞれどのくらい時間がかかるのでしょうか。

手続選択にあたっては時間的要素も考えなければなりません。そのため、おおよその時間の目安についてご説明します。

もっとも結果的にどのくらいの時間がかかるかということは、事案の性質・複雑さ、その他諸々の事情により変化するものですので、参考程度にしていただければと思います。

まず、労働審判ですが、労働審判は3回の期日で審理を終結しなければなりません。

また、1回目の期日は、申立てをしてから40日以内に期日指定をしなければならないとされています(場合によっては多少遅くなる場合もあるようです)。

その後、2回目、3回目の期日が、それぞれ、2〜4週間程度後に指定されていきます。

統計上、多くの事件が申立てから79日程度で終結するとされており、おおむね2ヶ月半〜3ヶ月の間に終結すると考えることができます。ただし、これは当事者の合意により労働審判が終結した場合の目安です。

当事者間の話合いがまとまらなかった場合、労働審判委員会が一定の結論(審判)を出すことになりますが、この結論に不服がある当事者は2週間以内に異議を申し立てることができます。

当事者から異議の申立てがされた場合には、労働審判手続きの申立てがあった時点から、訴えの提起があったものとするとされています。すなわち、労働審判は自動的に訴訟へ移行することになりますので、解決までにはさらなる時間がかかることになります。

では、訴訟をした場合には、どのくらいの時間がかかるのでしょうか。

平成29年7月に裁判所で公表されている裁判の迅速化に係る検証に関する報告書によれば、平均終結期間は14.3ヶ月とされています。

民事訴訟の場合、訴えを提起した後、およそ1ヶ月程度後に1回目の口頭弁論期日が入り、その後1ヶ月〜1ヶ月半程度に1回のペースで次の期日が入ることになります。

通常の民事訴訟が8ヶ月程度で終結するとされているのに比べて、労働関係訴訟は上記のように長期化する傾向がありますが、その理由として、事案が複雑な場合が多いこと、証拠の提出をさせるのに時間がかかる場合があること、専門的な知識が必要な問題であることなどがあげられます。

労働審判は早期の紛争解決を志向する手続であり、専門的な知見を有する労働審判員が参加し当事者を紛争解決に導いていくことなどから、早期の解決を求める場合には、訴訟よりも労働審判を選択する方がよいかもしれません。

他方、会社との交渉の経緯から労働審判を行っても話合いがまとまりそうにない、審判に異議を出すことが予想されるといった場合には、最初から訴訟を行うことが時間の短縮につながります。

なお、裁判所の手続を通すことによって相手方が解決に向けて動いてくる場合もありますので、まずは労働審判の申立てを行い、解決ができないようであれば、訴訟に移行するという方法も考えられます。

事案によってどの手続を選択することが適切かは異なりますので、その点について迷った場合には弁護士に相談してみることがよいかと思います。

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